2012-04-10

申佩玉。女体。攝影集

女体

       一次又一次的切割,翻轉我們習以為常對女體的觀看,若說身體的每個部分可以被切割後再做保存,那按下快門時發射出的光束,包圍著被切割的身體,如無形的保鮮膜般,擁護著那些裸體。使我們觀看的眼神不會太過銳利,而把那些女體刺傷;也使我們不帶著有色眼神觀看這些裸體。因為申佩玉鏡頭下的女體,全部都像假人模特兒的斷肢一樣,不像一般裸體攝影那般「活生生」或肉慾,而是被保鮮膜保護好的一塊塊人體部位。在雕塑、繪畫、攝影中,裸體是被廣泛運用的題材。色情與藝術的界線本就模糊,然而藝術家如何設計一個景框與構圖,才是構成這件作品情而不色的關鍵要素。申佩玉特殊的取景方式,是對裸露女體的重新詮釋,使得這樣的主題不再陳腔濫調。




文字:楊詩涵




    次から次へと切り取られ、我々が見慣れてきた女体の見方はひっくり返される。もし体をパーツごとに切り取り、保存することが可能だとしたら。シャッターを押した瞬間に放出されたビームが、切り取られた部位を囲む行為。それはまるで形のないラップフィルムのよう。体を包んで守ってくれているとも捉えられる。
 
 我々の鋭い視線で女体を刺激して傷つけさせないように;我々の性的視線を浴びせないように。申佩玉のカメラに収められた女体は、一般的なヌード写真のように生々しくもない、肉欲を満たすでもない。全てはマネキンの部品のごとき 、ラップフィルムに守られた一つ一つの体のパーツである。

 彫刻や絵画、写真の中でもヌードは一つの大きなテーマである。ポルノとアートの境界線は考えれば考えるほど紛らわしい。この作品では如何に性という要素から抜け出すかということがデザイン、構図するうえで一つの重要な鍵であっただろう。

 申佩玉の秀逸な画面構成は女性の裸に新たな注釈をつけ、決してクリシェに陥らない強さがある。




翻譯 :  kumazawa takahito / Yvonne Chen



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